WEB連載

第6回「史実と創作のあいだで揺れる筋肉の話」

 こんにちは、コマです。

 夫が協力的なので今日も我が家は平和です。


 さて、前回は「ロバート1世ことロバート・ブルースさんが戴冠した」ところまでをご紹介しました。
 いろいろあったけど、とにかく彼は1306年の3月、「今日から俺はスコットランドの王様だから!」と公に宣言したわけです。これがよくある歴史漫画なら「その後、ロバート1世はスコットランドを平定し……」みたいな四角いナレーションが入って風景の見開きがバーン、騎士達が「ロバート王万歳!」なんて雄叫びを上げてる場面で完! って感じで、一旦お話を閉じるのがまぁお約束ってもんですよね。うん、見える。好評なら数ヶ月の充電期間を経てまさかの第二部に突入ってのがあってもいいじゃないですか。例えば、冒頭すっかり年老いたロバートさんが出てきて「戦続きであったかつての日々は遠い……」なんてモノローグと共に爽やかイケメンの息子編がスタート。豪胆な父親とは違い息子はやや繊細ではあるものの、父の代から仕えている老臣には「おお……若い頃のロバート様にそっくりじゃ」なんて面影重ねて涙ぐまれたり。親子間の愛憎劇なんかが挿入されてもいいじゃないですか。そうそう、第一部では小生意気な若造だった新米騎士が渋いイケオジになって登場し新たなファン層を獲得、なんてサービスも忘れちゃいけない。あとあと第二部は背表紙の色が微妙に変わるんでしょ知ってるー!

 ――なんて、そんな感じに戴冠後から一気に時間が経ってると思ってたんですよ。現実は違った。もっとタイトなスケジュールだった。

 ――おい、どうした、何でそんなことになってる。

 700年後からツッコミ入れたくなるぐらい、ロバートさんあの後、三ヶ月も経たないうちにめっちゃ負けてた。もうね、ボロ負け。逃げてる最中に妻子とも離れ離れになっちゃうし、息子作ってる暇なんてなかった。むしろ打ち切り直前で必死に無茶なテコ入れをしましたって感じの急展開になってた。
 調べてみると即位後、教皇からキリスト教会を破門されてるんですね彼。中世人の感覚でいうと「教会に破門される」っていうのはかなりマズいことらしく、仮にも王様になるって言ってる人がされて良いものではないわけで。うーん……そらまぁ聖なる教会のなかで人殺してるからねえ。しかも呼び出したほうだし、殺意バリバリの計画犯罪だと思われても仕方ない……。でもそれがキッカケで即位してるんだし、その後は城の一つや二つ、いやいや十やそこらは支配下に置いて、憎きエドワード王のイングランドに対抗してるはず、と思うでしょ。勝算があるからやったんじゃないの? って思うじゃないですか読者としたら。
 ――それがね、ビックリ。即位三ヶ月で、家臣が全部合わせても100人くらいに減ってた。勝つ見込みあったんじゃなかったのかよ……?! なにこのむちゃ減り! もうこうなったらロバートさん本人より残った100人のほうが凄い。見上げた根性。(単にもう行き場がなかったのかもしれないけど)
 この時期、〈ハイランド・ガード〉シリーズの作者モニカ・マッカーティさんによると、即位後のロバートさんは本当に大変で、月単位で戦闘してはスコットランド中を追いかけ回されてたらしい。エドワード1世率いるイングランド軍と、それからロバートさんを支持しないスコットランド貴族に。――えっ、やばくない? 国中敵だらけやん! それでどうやってイングランドを攻撃すんの? 味方100人足らずなのに? こっからどうやって盛り返すの? 諦めなかったの……?

 そうです、ロバートさんは歴史上稀に見るほど諦めの悪い男。城もない、付き従う味方も全滅寸前、周り全部が裏切るようなこんな最悪の状態から、彼は鋼のメンタルで立ち直り、次はゲリラ戦でもって各地の城を落として回るんですね。諦め悪いにもほどがあるわ……!
 つまり――つまりね! ロバート・ブルースの人生の本番はここから始まると言っても過言ではないわけです。戴冠後の困難――イングランド軍からの執拗な追撃、キリスト教世界からの追放、敵対する王位請求者を退け、混乱するスコットランド人を自分の旗のもとでまとめる、という超の付く難題。その一見、解決不可能とさえ思える「苦難の連続」こそが、歴史上の凡百の君主達の中で、彼を「稀代の英雄」として燦然(さんぜん)と輝かせているわけですよ! 聞いてよ、その彼が敵に追われ逃げ込んだ先の洞窟で見た蜘蛛、何度失敗してもあきらめずに、ついに立派な巣を張ったその蜘蛛を見て、彼が呟いたとされる言葉は「挑戦し、挑戦し、さらに挑戦せよ」ですよ――なんて、なんて熱いんだ……! ロバートさんすげえ!
 さらに、さらに! 彼のこの稀有なヒーロー性に目をつけたモニカ・マッカーティという現代の作家さんが、この物語をより面白くするためにブチ込んできた要素が“屈強なハイランダーによる秘密戦士団”〈ハイランド・ガード〉なわけです! 祖国独立のために立ち上がった英雄を秘密裏にイケメン筋肉達が助けてたら……なんて設定、面白くないわけが無いでしょうが……!! あ、これどっかで観たことあると思ったらあれだ! 影の軍団だ! 千葉真一ですよ! 服部半蔵ですよ! 時代劇好きの血がやけに騒ぐと思ったら、そうか、そういうことだったのか……!
 ――ああああとね! たぶん「圧倒的劣勢から盛り返す」っていう展開がもうね、バトル漫画好きには堪らんわけですよ。ほら「たった◯人で◯万人に立ち向かった!」とかさ! こんな胸熱展開がまさかの史実だとか、クッソ燃えるじゃないですか! 映画化するはずだわこんなん! ごめんねロバートさん、オオカワウソとか描いて!


背景をちゃんと知って読む歴史物って本当に面白い。

 その頃の王様の名前とかをちょこっと調べただけで格段に面白さの質が上がるんです。世界史の時間に「きちえもんとわたし」書いてた私が言うんだから間違いない。要点さえ分かればきっともっと楽しめるんだ……!


 というわけで、〈ハイランド・ガード・シリーズ〉の要点を既刊順に並べてみることにしましたよ。まずは一作目『ハイランドの戦士に愛の微笑みを』からざーっくりいってみましょう。

Q1:お話の始まりって歴史的にはどの辺り?
A1:ウィリアム・ウォレスが処刑され、ロバート・ブルースが戴冠するまでの約七ヶ月間の話です。意外と短い。

Q2:主人公は誰?
A2:ヒーローはマクラウド氏族長トールモッド・マクラウド。通称トール。ヒロインは、ブルースさんの側近の娘であるクリスティーナ・フレイザー。作者モニカ・マッカーティさんによれば、二人とも実在の人物をヒントにして創られたキャラクターなのだそうです。

Q3:主人公の住んでる場所はどこ?
A3:スカイ島という場所です。居城のダンヴェガン城は赤い丸のとこ。ここで二人は新婚生活を送ります。

Q4:二人はどこで出会ったの?
A4:会合のあったアイラ島のフィンラガン城で出会ってます。後で出てくる女子修道院のあるアイオナ島はそのちょっと上の島。ちなみにスカイ島とアイラ島は直線距離で約180キロ(東京―いわき間くらい)離れてるので、クリスティーナは遠いところに嫁いだんだなあという感想。

Q5:ちょくちょく出てくるアンガス・オグっておじさんは誰?
A5:“諸島の王”と呼ばれるアイラ島の主、マクドナルド氏族の長アンガス・オグ・マクドナルド。ちなみに私の中のビジュアルはこう。

 この人とマクドゥーガル氏族っていうのが、スコットランド本土から離れたヘブリディーズ諸島で、スコットランドの王権とはまた別の覇権争いをしているわけです。何かっちゃ争ってる。そして、このおじさんに呼び出され、トールは彼の居城フィンラガン城に出向き、そこで運命的にヒロイン・クリスティーナに出会うわけですが、そこには外野の色々な思惑があるわけですね。このへん、分かりやすいように図にしてみた。

 トールさんが族長のマクラウドは、この争いのどっちに付くかはまだ決めてません。(レッド・カミンもまだ殺されてない)というか、意図的に決めてないんですね。派閥争いに巻き込まれちゃうのを嫌って、できる限り中立の立場でいようとしています。対して、二作目主人公のエリクはもうこの時点でロバート派にいます。主人公より先にどっちの陣営に付くか決めてるのは、親戚であるアンガス・オグに恩義があって云々……とか書いてありますね。あと、ロバート派のニール・キャンベルさんという人は、三作目ヒーローのアーサーのお兄ちゃんだったりします。

 ちなみに一作目の見どころは個人的に、ここ。

 次回は二作目の『ハイランドの鷹にさらわれた乙女』の紹介と、団員の相関図とかを頑張って解説してみることにします。――頑張れ私。第7回に続く!

<ベルベット文庫 ハイランド・ガード・シリーズ 好評既刊>
モニカ・マッカーティ・作  芦原夕貴・訳

『ハイランドの戦士に愛の微笑みを』

『ハイランドの鷹にさらわれた乙女』

『ハイランドの仇に心盗まれて』

★最新刊『薔薇を愛したハイランドの毒蛇』、好評発売中!

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